Sonic Youth / NYC Ghosts & Flowers (2000)


このジャケットは最高。今作のモチーフである「ビート・ジェネレーション」の代表的作家、ウィリアム・S・バロウズの作品となっている(別サイトさんの記事参考)。

太字(良い)>普通 赤太字は名曲 、斜体はリードトラック、下線は個人的なベストトラック

トラックリスト
1. Free City Rhymes  7:32
2. Renegade Princess  5:49
3. Nevermind (What Was It Anyway)  5:37
4. Small Flowers Crack Concrete  5:12
5. Side2Side  3:34
6. StreamXSonik Subway  2:51
7. NYC Ghosts & Flowers  7:52
8. Lightnin  3:51

Total length : 42:18

"Confusion is Next"?
Confusion is next」、「Chaos is the future. And beyond it is freedom (混沌こそ未来、そしてその彼方に自由が)」とは、1983年にソニック・ユースが示したスタイルだ。「世の中には多くの軋轢・断絶、相容れない共存関係(カオス)があるが、逆に、そこにこそあらゆる可能性が在るのだ」……というのは自分の勝手な解釈だが、この歌詞がとても好きで、実際、意識的か否か、SONIC YOUTHはそれを間接的に体現してきた。華々しい80sのさなか、その真逆の存在である単なる音楽フリーク4人がポスト・パンクっぽくノイズを延々鳴らし続けていたらインディシーンの礎となり、90sにはアンダーグラウンドとメインストリームの転覆を起こすキッカケにまでなった。そんなことが起こりえるのだ。この一節はどんな現実にも向かい合える、力強い指針だと思う。そして00sへ。自分は後期(2000年~)ソニック・ユースの、NYを見つめなおすことで急速に自身の音楽性を洗練させていく流れがとても好きで、その口火を切ったのが今作である。通算11作目、2000年発表の『NYC Ghosts & Flowers』。
 
 
"音の魔術師"ジム・オルークとの出会い
これまで彼らは、数十年にわたる実直なバンド活動が育んできた大木にそって創作を進めてきた。その中で、「SYR(ソニック・ユース・レコーディング)」と称した一連の実験作によってまた少し違う場所に種をまいていた彼らは、ミレニアムを前に自身の大木の傍にとある才人を見つける。シカゴ音響派の雄、「ジム・オルーク」である。

2000年ごろのオルークといえば、ガスター・デル・ソルでポスト・ロックに一つの頂点を(関連作にて後述)、一転チェンバーポップに華を添えた『Eureka』――加えてステレオラブ、サム・プレコップ、くるり等のプロデュースワーク――と、神出鬼没な活動で各フィールドに大きな足跡を残していたころだ。多彩な活動の中でも、ポップスとアバンギャルドの境目を辿るような音感覚はずば抜けていた。ソニック・ユースもまた、活動形態は違えどメインストリームとアンダーグラウンドのどちらでもある折衷の存在。出会いは必然に。そんな両者が化学反応を引き起こしたのがこのアルバムという訳だ。


20年目のフリースタイル
スタジオワークにブレインを得た彼らの創造性は、アルバム中に何度も暴発を繰り返していく。歪なワルツから一転パンクの衝動性でアクセルを踏み込み急停止でノイズ・コンクレートをぶちこみ始める「Renegade Princess」、爽快とは真逆の陰鬱なギターカッティングに怨念をこめた「Nevermind」の(2:15までの)完璧すぎる展開、全ての試みが失敗しているとしか思えない「Lightnin'」、ポエトリー・リーディングと自身のギターテクスチャーを強引に混ぜ込んだりと、試み自体がノイズのようなアイデアをぶつけまくる今作の姿勢、結成20年近くを前にこの音楽的な軽やかさは只事じゃない。この変化には「これまで使ってきた機材の盗難」という第一ファクターがあるのだけど、ここはそれ以上に「ソニック・ユースにジム・オルークという外からのカオス(Confusion)が加わった」からだと書き切りたい。



ノーウェイヴから発ってポストロックまで辿り着いた「Free City Rhymes」
恐らく今作のベストトラックであり、バンド屈指の名曲「Free City Rhymes」を聴こう。SYはこの一音目、一曲で1999年までの自身のキャリアすべてを更新した。バンド活動を始めるきっかけとなった70年代後半のノーウェイヴ、ポスト・パンクから飛翔し、90年代グランジの呪縛を脱し、ポスト・ロックと理想的な邂逅を果たした。ジム・オルークが手掛けた電子的な音色に絡み合う、ソニック・ユースらしい不可思議なギタートーン。積み上げられていく自由な音の連なりに導かれる歌い出し。SYのこれまでのような混沌とした音作りでもなく、オルーク曲のように理路整然ともせずに達する、即興的なノイズとポストプロダクションによる音響的クライマックス。どこをとってもこのタッグからでしか生まれなかった名曲だと思う。おなじく表題曲における、リー・ラナルドの語りを受けながら亡霊たちのために荒城を建てていくように展開されるサウンドスケープも、今作最大の聴きどころだ。



"外"という混沌を失いつつあったSY 
だがしかし、大好きだけれども、自分はこのアルバム自体を称賛はあまりしたくない。『SYR4: Goodbye 20th Century』(99)から続いたNY前衛芸術家への憧憬は魅力的ではあるものの、「聴き手に何かを問う」ような代物ではなかった。これはグランジの隆盛を受け、カウンターとしてシーンを離れた『Experimental Jet Set, Trash & No Star』(94)からの傾向で、ロックバンドにとって最も一般的な外部刺激である「シーン」から離れた彼らは、音感覚の一新とは裏腹に、今作にてその内向きな創作姿勢が極まってしまったように感じるからだ。それは求道であって、深化であって、言い換えれば閉塞だった。

それが悪い訳ではもちろんない。メッセージ・疑問を「問う」だけでなく、スタイル(あるいは歴史観)を音として「示す」ことも音楽の価値のひとつだ。しかし今作の創作姿勢に、昔の彼らがノイズを散らして掲げた「混沌にこそ未来が、その先に自由が」という一節が意味を得られるとは思えないのだ。混沌やノイズは内からでなく、外から引き起こされるものだから。今作にはジム・オルークという”音”の天才、それ以外の”外”はなかった。音楽家としての混沌を甘受しつつ、それ以外はどうだったろうか。今作は音楽的に途方もなく自由だが、目の前にある未来(現実)に目は向いてなかったように感じてしまう。


そんな問題を抱えながらも、彼らは今作で2000年代の扉を音の面で一気に開いた。そして2001年に時計の針は回る。あの悲痛すぎる事件に半ば強制的に視線を外に戻すことになる彼らは、ここから再び――初期とは違いメインストリートにおける――混沌へと潜りこんでいくのだ。Sonic Youth第二の黄金期の始まりである。
(『Murray Street』は未更新。2004年作『Sonic Nurse』に続く)。

Rating : 71 / 100



関連作

Gastr del sol / Upgrade & Afterlife (1996)
デヴィッド・グラブス、ジム・オルークによるGastr del solが創り上げた96年の傑作。シカゴ音響派の最北端、ポスト・ロックの最果て、前衛音楽とエクスペリメンタル・ロックの緩衝地帯……つまりジャンルという適当な言葉の括り縛りの外から全方位に音を投げかけ、結果的にそれらの領域において影の金字塔となった、佇まいからまさに理想的な"ノイズ"作。ソニック・ユースと関連づけるならどの作品が良いかは難しいけど、今作の一曲目
「Our Exquisite Replica of "Eternity"」、ノイズ・ドローン的な進行からものの見事に映画音楽に繋げてしまうその筆運びはこの頃のジム・オルークの面目如実
。「音」までルート・ディレクトリ辿って全てを並列にみるその視野と懐の深さ!愛すら感じる。廃盤のうえ中古がクッソ高かったりするのだが、機会があればぜひ手にして、時間をかけて聴いてほしい。EP「Mirror Repair」も近い実験性あり。あとこのサイトさんの記事が素晴らしかったです。
4/20 Gastr Del Sol ''Upgrade & Afterlife'' : オクラはベジタブル
     

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サム

Author:サム
旧「一人音楽座談会」。
音楽に限らず、作品やアーティストに対する検索結果がもっと充実したらという気持ちで更新しています。「もう一回聴いてみよう」「こんなのもあるのか」が好きで、「これだけ聴けばいい」が嫌い。
背景はBOCの「Tomorrow's harvest」。Twitterは↓。

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